背景と課題
グループ全社員4万人をデジタル人財化
多様性と変革力という強みを最大化
「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献します。」という企業理念を掲げる旭化成株式会社。持続可能な社会、長寿社会の実現が、世界的に注目が集まるなか、“いのち”と“くらし”に貢献する旭化成の事業は、マテリアル(環境ソリューション・モビリティ&インダストリアル・ライフイノベーション事業)、住宅(住宅・建材事業)、ヘルスケア(医薬・医療・クリティカルケア)の3つの領域にわたり、時代の流れに沿ってビジネスを展開している。
また、多角化により培った人財・技術・事業・製品の多様性と変革力が、旭化成の強みだ。その強みを最大限に活かすべく、同社は2018年から成長戦略の柱としてデジタルトランスフォーメーション(DX)推進に取り組んでいる。2024年までに「データの民主化」を掲げ、グループ全従業員、約4万人がデジタル活用のマインドセットをもって働けるような環境を目指す。
そしてDX推進のベースとなる「データ活用」において、大きく3つの課題があったと、旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長 山崎 力氏は振り返る。
「1つ目はデータ分散による情報のサイロ化、2つ目はデータ連携に要する膨大な時間とコスト、3つ目はデータ連携に伴う運用負荷の増大です。いずれの課題も解決は容易ではありません。また、旭化成グループに存在する1,200ほどのシステムは、さまざまな事業ごとに最適化されており、システム統合も難しいのが現状です。重要なのは、いかにスピーディにデータを活用するか。そう考えたとき、システムを統合するのではなく、システムをそのまま活かしながら、グループ内に存在するデータを『見つけ』て『つなぐ』ためのデータマネジメント基盤の構築という発想に至りました」
この構想は、旭化成のデータマネジメント基盤「DEEP」構築プロジェクトとして、2020年から検討を開始した。2021年4月に複数のベンダーにRFP(提案依頼書)を提示した。RFPで重視したポイントについて、旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ グループ長 大久保 純子氏は話す。
「データマネジメント基盤の中核となるのは、『見つける』機能のデータカタログと、『つなぐ』機能のETL(Extract:抽出、Transform:変換、Load:書き出し)です。RFPでは、連携可能なシステムやサービスの多様性、データ加工処理の汎用性・柔軟性、基盤の運用性・保守性を重視しました」(大久保氏)
旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ グループ長
大久保 純子氏
採用のポイント
Microsoft AzureをベースにSaaSのメリットを活かし初期投資を抑制、スピーディに基盤を構築
旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長
山崎 力氏
2021年6月、旭化成はデータマネジメント基盤構築パートナーに、マイクロソフト社から紹介を受けたジールを採用した。採用のポイントについて山崎氏は次のように話す。
「ジールの提案は、クラウドサービスMicrosoft Azureをベースとする内容でした。SaaSのメリットを活かし、迅速かつスモールスタートで、柔軟に拡張していく。そのアプローチは、初期投資を抑え、スピード感をもって基盤を構築したいという当社の思いと合致していました。また、データ連携に関してもアジャイル型開発で進めていく点も評価しました。さらに、ジールに対しては、提案内容の説明や質疑のやりとりがしっかりしており、構築から運用、スキルトランスファーまで一貫した支援が受けられる点や、マイクロソフト社と一体となったサポートを心強く感じました」(山崎氏)
Microsoft Azureを活用したデータマネジメント基盤の仕組みは、データカタログを含む統合データガバナンスソリューション「Microsoft Purview」でデータの可視化と検索を実現し、ETLツール「Azure Data Factory」でデータソースにつなぐというプロセスを回していく。
データマネジメント基盤「DEEP」は、データを見つけて(データカタログ)、つなぐ(ETL)を中心に、部門横断でのデータ活用を支える
Microsoft Purviewの特徴について、旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長代理 菅 俊祐氏はこう説明する。
「クラウドベースのサービスを通じてデータソースを登録することにより、データはもとの場所に残したままで、メタデータ(属性情報)のコピーや、データソースの場所などの参照が可能です。また、メタデータのインデックスも作成できるので、検索で簡単にデータソースを見つけることができます。さらに、部門横断でデータを活用する場合、どのシステムからデータを収集したのか、トレースも可能です」
旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長代理
菅 俊祐氏
旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長代理
岸尾 雄太氏
また、Azure Data Factoryの特徴について、旭化成株式会社 デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長代理 岸尾 雄太氏は、「これまではデータ連携のために多くの開発工数と時間を要していました。さまざまなデータソースに接続できる豊富なデータコネクタを持つAzure Data Factoryにより、データを容易に連携できるメリットはとても大きいです」と語る。
「ローコード・ノーコード開発が行えるため、内製化を実現しやすく、かつスクリプト系言語を組み合わせて使うことで複雑な処理も実現でき、柔軟な運用が可能です」(岸尾氏)
導入のプロセス
プロジェクトのドラスティックな変更にも柔軟に対応
アジャイル型開発でスピーディに基盤を構築
データマネジメント基盤構築プロジェクトは、最初の一歩を歩み出す前の2021年4月、全社DXを加速させるためにデジタル共創本部が設立された。早い段階で効果が創出できるよう、プロジェクトは基盤構築とデータ活用案件を並走させるという抜本的なアプローチの見直しを行った。
「ジールの支援のもと、2021年10月には、データマネジメント基盤を使って、事業部門を横断して販売データを収集する形でリリースにこぎつけました。プロジェクトのドラスティックな変更にも関わらず、やり遂げることができたのはジールの力添えのおかげだと強く感じています」(大久保氏)
プロジェクト推進・技術支援のポイント①
実運用に応えるプロトタイプ環境を一カ月足らずで構築
「基盤を使って効果を早期に出すために、プロトタイプ環境で検証した後、本番環境を構築するという従来型アプローチではなく、プロトタイプ環境で実際の案件をまわしながら本番環境を構築していくことにしたのです。ジールが実運用に応えるプロトタイプ環境を、1カ月もかからずに構築したのには驚きました」(大久保氏)
ジールのビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアコンサルタント 増田 圭亮は、「ポイントとなったのは、早期のプロトタイプ環境の構築と、同環境にて実際の案件を回すことを見据え、実運用に耐えうるために必要な要件と先送りできる要件を早期に整理できたことです。加えて、プロジェクト推進に必要なリソースを適切にかつシームレスに配置することでスピーディに対応を進めながら、要件整理された内容とそれに伴う影響やタスクの合意形成を積み重ねていくことで、ジールと旭化成の両社の認識がぶれないように対応していくことができました」と続ける。
「RFPの段階で機能要件と非機能要件がきちんと定義されていたため、それをもとに要件整理の判断を行い、旭化成様にプロトタイプ環境における機能制限をご了承いただきました。また、セキュリティ対応に関して旭化成様のセキュリティ部門と相談しながら、実現しなければならない項目をクリアしていきました。さらに、先送りした要件を追加する際も、アジャイル型開発でスピーディに行いました」(ジール 増田)
株式会社ジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアコンサルタント
増田 圭亮
プロジェクト推進・技術支援のポイント②
豊富な知見に基づくアドバイスで事業部門との間で共通理解を醸成
株式会社ジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアコンサルタント
末原 健二
「データマネジメント基盤構築プロジェクトでは、開発部門と、データを利用するユーザ兼データソースのオーナーである事業部門との間で定例会を開催しました。定例会にジールも参加してもらい、豊富な経験と知見に基づくアドバイスにより、その場で共通理解を醸成できたことで、手戻りもほとんど発生しませんでした」(菅氏)
ジールのビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアコンサルタント 末原 健二は、「事業部門によってデータの利用用途やインプットするデータが異なるため、ジールでは事業部門ごとにフロントに立つ専任担当者を置きました。定例会で事業部門のメンバーと直接お話ができる機会を通じて、信頼関係を構築しながらご納得いただける説明が行えたと思います」と話す。
プロジェクト推進・技術支援のポイント③
初期教育向けにETLのトレーニングメニューをカスタマイズ
「全社におけるデータ活用を促進するためには、ETLの内製化が必要です。ジールにはAzure Data Factoryの初期段階のトレーニングを実施してもらいました。旭化成向けにカスタマイズしていただいたトレーニングメニューで実際に操作しつつ、開発の流れをつかむことができ、受講者の方からもよく理解できたと好評です」(岸尾氏)
「旭化成様とやりとりをしながら、Azure Data Factoryの初期教育で必要なコンテンツを絞っていきました。まずは、Azure Data Factoryでどう開発していくのか、実際に手を動かしながら実感いただくことをメインにしました」(ジール 増田)
導入効果と今後の展望
カーボンフットプリント、経営ダッシュボードをリリース
ジールの支援のもと、データスチュワードやデジタル人財の育成に注力
2022年4月に、データマネジメント基盤の本番環境の構築を完了した。旭化成におけるGHG排出量の見える化(カーボンフットプリント)、経営情報の可視化(経営ダッシュボード)もリリースし、機能材料事業の販売データの活用に向けて開発を進めている。
「部門横断のデータ活用ニーズも増えています。経営に関わるテーマはもとより、例えば自動車分野のお客様に対し、旭化成グループで何が提供できるのかを考える際、個々の事業や地域を横断したデータ活用による付加価値の創造といった視点が必要になります。また将来的なデータ活用として、民間企業・大学・政府系機関など外部とのデータ連携も視野に入れています」(大久保氏)
今後の展開について山崎氏は、「データマネジメント基盤の利用を拡大するためには、データやメタデータの品質や利用方法に関して責任をもって管理・運用するデータスチュワードの育成が欠かせません」と語る。「教育コンテンツの拡充とともに、データ連携や開発案件に対して旭化成も参加し、ジールの伴走のもとでスキルトランスファーを行ってもらいたいと考えています。また、データ連携の生産性向上の観点から、自動化や効率化に向けた検討も進めており、この分野でもジールやマイクロソフト社に支援していただきたいと思います」(山崎氏)
山崎氏は、今後の基盤強化に向けて3つのポイントを挙げた。「まずはデータ活用で必要となるBIツールMicrosoft Power BIの普及。そして、手間をかけず迅速にデータを蓄積し活用するために、DWH(データウェアハウス)とビッグデータ分析を統合したサービス『Azure Synapse Analytics』の利用促進です。さらに、大量データのリアルタイム処理を行う『Azure Stream Analytics』などIoTデータへの対応も検討していきます。BIツールやDWH、IoTなどに造詣の深いジールの提案力や技術力に期待しています」
「昨日まで世界になかったものを。」という企業スローガンのもと、イノベーションを生み出していく旭化成。ジールは、データ活用に関する専門知識と技術を駆使し、旭化成グループにおけるDXの加速を支援していく。
– 取材にご対応いただいた方 –
(写真前列左から)
旭化成株式会社
デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長代理 菅 俊祐氏
デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ グループ長 大久保 純子氏
デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長 山崎 力氏
デジタル共創本部 IT統括部 戦略・企画グループ 課長代理 岸尾 雄太氏
(写真後列左から)
株式会社ジール
ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアコンサルタント 末原 健二
ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアコンサルタント 増田 圭亮
※本事例内容は取材当時のものです